私と見る世界

赤ちゃんの時は、自分とそれ以外を区別していないそうですね。

おかあさんのおっぱいを吸ったり、抱っこしてもらったり、泣いてみたり…
色んなものに触れる事で、はじめてどこまでが自分かをわかってくるそうです。


自分という範囲がわかると、はじめて自分が触れている(たとえば)お母さんという存在が理解されてくるわけです。



仏教の伝統的用語では…

能見(主観)—境界(認識対象)

という言い方をします。


面白いもので、相手が居るとわかると、自分の心はどんどん動き出します。


まず「好きか嫌いかを判断」します。

たとえば、「ケーキ」を見て、好きだと思います。


次に「好きなものには楽、嫌いなものには苦という感情」が起こります。

ケーキの味を想像して、幸せになった状態です。


さらに「楽を起こすものは欲しい、苦を起こすものは排除したい」と思います。

ケーキを絶対食べよう!と思った状態です。


さて、ここまでは動物も同じなのですが、人間になるとやっかいです!

なぜなら、「言葉」を持っていますから、「ケーキ」という言葉にして、考えたり、話したりします。


目の前に無くても、勝手にイメージして欲しがったり、嫌ったりします。

「ケーキ」なら良いですけど、嫌いな人の事をえんえんイメージしてずっと苦しい、ってありますよね?


さて、言葉に執着したら、次にいよいよ行動します。

「ケーキをパクッと食べた」状態です。


こうして起こした行動の結果がまた次の行動の原因となります。

食べたケーキのカロリーは体内に入り、味のイメージは頭に入り、
「このケーキ美味しかった、また食べたい」というようなイメージが、また明日の行動を生み出す訳です。


そういう事で、意外と人間って、今までの行動にしばられたり、同じ思考パターンで行動しているわけです。


だから、同じような行動から抜け出せなかったりするわけですね。
これが、仏教が考察する人間の思考です。



では、どうすれば良いのか?
実は、理屈で「こうしなくてはならない」というのはあまり効果がありません。

なぜかというと、先ほどの説明のように、言葉で考える以前に、感情が動いています。
だから、頭で考えている時は、もう結論が出ている訳です。


ですので、もっと深い感情のレベルでコントロールする。


たとえば、そもそも生活習慣を変えるとか、「ケーキ」よりもっと楽しいことを用意する。

そういう、感覚に訴えかける方法を工夫した方が、具体的に行動が変わりやすい訳です。



一方、坐禅など仏教の修行法は、主観—客観という視点自体を転換する根本的な方法です。

言ってみれば、主観ー客観の以前
つまり、赤ちゃんが世界を見るように、ありのまま世界を見るという事を目的とするわけです。


これを「如実知見」と言い、それができる視点が「仏の智慧」という訳です。



余談ながら、コーチングで「自分の価値観を整理して、それに基づいた目標を決める」という方法は、以上のような観点からしても、
行動を変えるためのシンプルで良い方法だな〜と思います。




現在、コーチング練習中!
求む、練習相手
方法:対面orスカイプ(30分程度)
興味の有る方はメッセージでご連絡ください。