「人は、人が娯楽になる生き物だ」

「人は、人が娯楽になる生き物だ」

大学の授業で、東洋史の先生が、そんな事を呟いていました。
歴史の先生だけに含蓄があるなあ、と思ったものです。


最近は、その言葉を実感します。
人間は、凄い!面白い!


ありきたりな日常、いつものあの人、と思っているのに、全く違う側面を見る。
すると、全く新しい可能性を見える、異なる風景が見える。


だから、人間は面白いんでしょうね。


仏教の言葉で「如来蔵」というのがあります。

お母さんのおなかに赤ちゃんが居るように、
誰の心にも仏さまが居る、という言葉です。


これって、本当ですか?証明できるんですか?というと、それはわかりません。

人間を解剖しても仏さまは出てこないのです。


でも、「如来蔵」を確信している人は、誰かと話すとき、「人間の心には無限の可能性があります」「人知を越えた力があります」と信じて話す、訳です。

これは、科学じゃなくて、人生観、哲学なんだと思います。

目の前の人と会話するとき、「単なる物質」と思うか、「自分の敵」と思うか、「仏さま」と思うか。
どう思っても、別に生きていくには問題ありません。


でも、「人生の豊かさ」を考えるならば、良く思った方が、より豊かな人生を送れると思いませんか?

「人間の心には無限の可能性があります」

これは、「科学」じゃなく「思い込み」だと言えばそうでしょうが、より豊かな人生を送るには必要な「思い込み」ではないですか?


そういう事々を、私は信仰と言いたいのです。
「如来蔵」人の心にある可能性を信じる、という事が、大乗仏教の本質と思いますし、今我々が豊かに生きる鍵なのではないでしょうか。