口語訳・舎利礼文

口語訳・舎利礼文

あらゆる徳をそなえた、釈迦如来に敬礼いたします。

私の前にはお釈迦様の舎利(遺骨)が有ります。
この舎利は、お釈迦様が解き明かしてくださいました法と、重なっています。

それは、世界の真実の姿そのものですし、あらゆる仏様の本質でもあります。
あたかも、お寺に立つ塔のように、人々に教えを指し示してくれます。


ひとたび手を合わせれば、私のために法そのものが姿を現します。
法は私の中に入り、私は法の中に入り、一つに溶けあうのです。

すると、私はその仏の力によって、悟りを証すことができます。
また、仏の力によって、人々のために働くことができます。
そして、志を起こして菩薩として生き、人々も共に悟りの境地へ到るでしょう。


あらゆる存在が平等な悟りの智慧に、今敬礼いたします。


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今回も、私の好きな経典で「舎利礼文」を口語訳しました。
まあ、正確には経典ではなく、不空三蔵という昔の高僧が詠んだ詩です。
しかし、名文なので、昔から宗派を問わずお唱えされてきました。

こうして訳してみると、実感とか感情が込められた良い文章だな、としみじみ思います。
仏教というのも、理屈だけでは仕方がないので、人格から滲み出るようなものが本当なのだなと、考えさせられました。