で、大乗仏教って何をするの?その6

大乗仏教の修行「五門」のうち、最後は止観門です。
色々と理屈は有るのですが、とりあえず、普通にイメージする坐禅だと思ってください。

この「止観」と言いましても、「止」と「観」に分かれます。
具体的にはどのような意味なのか?
本文の解説を読んでみましょう。


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言う所の止とは、一切の境界(認識対象)の相を止むるを謂う。
奢摩他(シャマタ)観に随順する義なるが故なり。

言う所の観とは、因縁生滅の相を分別するを謂う。
毗鉢舎那(ビバシャナ)観に随順する義なるが故なり。

如何が随順するや。

此二の義は漸漸に修習すれば、相捨離せずして、双に現前するを以ての故なり。
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さて、まず「止(シャマタ)」とは、文字通り止める意味です。
我々が認識する対象の姿を止める、思考を止めるという修行です。

次に、「観(ビバシャナ)」ですが、因縁生滅とはこの現実世界の有りようそのものですから、
現実の姿を分別(分析)する、という事になります。
まさに「観」という訳語は適切な訳です。

仏教の理想を「如実知見」という言葉で表現することがあります。
あるがままに見る」という意味ですが、止観の修行を続ける事により、それを目指す訳です。


では、その止観を行うためには、どのようにすればよいのでしょうか?
次回に続きます。