明恵上人の修行法

栂尾の明恵上人と言えば、わが国でも屈指の名僧として有名です。

その飾らない人柄

生涯にわたり書き綴った夢の日記『夢記』

法然上人との論争

華厳宗の論書

魅力的な詩作

どれをとっても魅力はつきませんが、 僧侶の立場からは、どのような修行をすれば、そのような人格を形成できるのかに興味が向きます。
ここでは、『明恵上人伝』を見てみましょう。

上人が亡くなる少し前、仏教の学問について全体的に述べている部分があります。


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仏説は三科・蘊・処・界の法門も、人我無生の理を顕して、凡夫の我執を翻ぜんが為なれども(以下略)
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これは、『倶舎論』に出る内容で、いわゆる初期仏教の説です。


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大乗無相、無生の妙理、五法三性の法門、また越百六十心生広大功徳と説き、本初不生阿字の密行、本尊の瑜伽も(以下略)
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ここは三論(中観)、唯識という大乗仏教の説、そして最後は真言密教の内容を言っています。

こうして初期仏教、大乗仏教、密教、と仏教発展の歴史を、順に言っている訳です。
言ってみれば、非常にオーソドックスであり、現在でも仏教概説書を読めば、この順に勉強する事でしょう。


では、修行に関してはどうでしょうか。
上人が臨終まぎわの箇所から引用してみましょう。


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「此の五字(文殊菩薩真言)に八万四千の修多羅蔵を摂す。五字を誦せよ」
とて誦させて、我は理供養の作法を以て行法あり。
行法終わって後、
(中略)
と誦して、定印に住して坐禅す。
やや久しくして出定し(以下略)
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最初に御真言を唱えています。
そして行法とは、密教の修行法であり、後者はいわゆる坐禅です。

『明恵上人伝』の他の箇所を読んでも、ほぼ同じです。
経典・真言の読誦。密教の行法。坐禅。
これらを欠かさず繰り返すことが、具体的な修行の内容になっています。


これらは、苦行という事ではなく、日々行う事ができるものです。
実際、明恵上人は臨終まぎわに行っている訳ですから。
また、亡くなる直前まで行っていたということは、精神修養にも意味が大きいという事もご理解いただけることでしょう。


我々は、明恵上人のように、修行するというのは難しいものです。
ただ、毎日少しでも読経や坐禅を生活に取り入れると、心が落ち着くものです。

ぜひ、自分でも体験してみて、それからまた仏教書を読むと、違った見方ができるのではないでしょうか。