『今昔物語』と釈尊伝2

それでは、昔の日本人が読んでいた釈尊伝を見てみましょう。

冒頭から、壮大に始まります。

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今昔物語集 巻第一
「釈迦如来、人界に宿り給へる語」

今は昔、釈迦如来(如来=仏)、未だ仏に成り給わざりける時は釈迦菩薩と申して、兜卒天の内院と云う所にぞ住み給いける。
しかるに、閻浮提(我々が住んでいる世界)に下生(下界へ生まれ変わる事)しなむと思しける時に、五衰を現し給ふ。
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まず、釈尊伝はその前世から始まります。

釈迦如来、と書きますが、「如来」と「仏」、「ブッダ」、これらは全て同義語です。
つまり、悟った人、という事です。

釈迦とはシャカ族という出身を指します。
本名は皆様ご存じの「ゴータマ・シッダールタ」です。

ということは、菩提樹の下で悟りを開く前はまだ如来ではありません。
まだ「如来・仏」になる前の状態を「菩薩」と言うわけです。


「兜卒天」とは、天界の名前です。
天界にも色々あります。
しかし、ここで重要なのは、悟りを開く直前(一生補処と言います)の菩薩が住む天界が「兜卒天」だという事です。

例えば、釈迦如来の次に悟りを開く「弥勒菩薩」も兜卒天に住んで居られる事も有名です。

そして、釈迦菩薩がいよいよ現世に生まれ変わるため、天界での寿命が尽きようとするのです。
何ともスケールの大きな話で、私はこの釈尊伝が大好きです。


では、釈尊成道(悟りを開く事)の場面も見てみましょう

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弐月七日の夜を以て、かくの如き魔(煩悩の象徴)を降伏しおわりて、大いに光明を放ちて定(瞑想)に入りて真諦を思惟し給ふ。
又中夜に至りて、天眼(物事のすべてを見通す眼)を得給いつ。
又第三夜に至りて、無明(煩悩の根本)を破し智慧の光を得給て、永く煩悩を断じて一切種智(完全な悟り)を成じ給う。
此より釈迦と称し奉る。
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短い文章ですが、仏教の教えの精髄が込められています。
まず、釈尊は菩提樹の下に座し、何をされたか。

現代語で書くなら
1煩悩をコントロールする
2座禅に入る
3真実を観じる

これは、戒定恵の三学と言い、仏教の修行を一言で言い表す言葉です。

それで、得られたものは何か?
1天眼で物事のすべてを観察するので、
2無明(煩悩の根本)を除くことができ、智慧を得る
3永く煩悩を断じてブッダとなる

つまり、自分が悩み苦しむ根本を理解し、完全に解決されたのだと。
これによって「悟りを開く」と言える訳です。
そして、それこそ仏教の目的という事です。


以上、短い文章ですが、物語の中にも豊かな内容が込められていました。
『今昔物語』は他の箇所も面白い文章があふれています。
ぜひ、昔の日本人の常識を知り、仏教の知識も得られる、この古典に親しんでください。