『八宗綱要』三論宗・修業の階位

さて、今回の『八宗綱要』は三論宗の修業の階位です。 
と、言いつつ実際は迷いも悟りも無い、という説の方が長く説明されているのが三論宗らしいです。 


問い。三祇の積行とはどのような段階を経るのか。 
答え。三祇の菩薩は五十一位を経てその後仏果に至る。したがって、三論宗では五十二位を立てる。 

この宗の教義では、覚りの本体は本来そなわっているが、迷っているために生死がある。 
迷いを返して源(みなもと)へ還り、ただ塵を払えば、本来そなわった覚りの本体がありのままに顕れる。 
これを始覚仏とよぶ。 

まさに知るべきである。 
迷いに対応して悟りという概念を立て、悟りに対応するから迷いが存在する。 
つまり、悟りをひらけば迷いは無く、迷いが無いならどうして悟りがあるだろうか。 
迷い無く、悟り無く、迷・悟は本来存在しない。本来寂滅である。 
迷・悟・染・浄は仮に作られた概念である。 
無得正観により、即ち妙に至道を極めるのである。