律宗


第三章 律宗

第一節 宗名と諸律の成立、異世の五師・同世の五師

 

問い。なぜ、律宗というのか?

答え。律を根拠とするから、律宗という。

 

問い。律にいくつの部派があるか?

答え。律にはいくつもの部派がああり、それは二部、五部、十八部、五百部である。

釈尊在世の時代、五十年にわたり人々に合わせて様々な説法をされた。

釈尊入滅後に弟子達が座に集まり、教えを結集した。これが一部の『八十誦律大毘尼蔵』である。

仏滅後の百年は五人の高僧によって法は受け継がれ、意見が分かれて分裂するということは無かった。

百年が過ぎて後、ようやく二部、五部、二十部さらには五百部と分裂し、異論が噴出することは大海の波のようであった。

経・論もそうであり、三蔵の教えはそれぞれ分かれていたため、意見によって分裂していったのである。

そのため、一つの大蔵が分かれて諸部となった。

このような部派の数は多いとはいっても二十部に含まれる。

随って、律部も二十部あり、インドで諸部が並び立った。

 

 

第二節 翻訳と弘伝

第一項 四種の広律

 

ところが、中国に伝わったのは全てで四律五論である。

その四律というのは

⒈十誦律。

漢訳では六十一巻になる。説一切有部の律である。

⒉四分律。

漢訳では六十巻になる。曇無徳部の律である。

⒊僧祇律。

漢訳では四十巻になる。根本二部(上座部・大衆部)のうち、上座部の律である。僧祇とは大衆の意味だが、この場合は大勢の僧が集まったという意味で使用している。

⒋五分律。

漢訳では三十巻になる。これはインドで行われていた五部の律のうち、弥沙塞部の律である。

迦葉遺部の律は戒本だけが伝わっており、広律は伝わっていない。

この四律が中国に翻訳され伝わったが、実際に行われていたのは曇無徳部の四分律だけである。

 

 

第二項 律の注釈、五種

 

そして五論というのは、

⒈毘尼母論。

⒉摩得勒伽論。

これは説一切有部律に依る。

⒊善見論。

これは四分律の注釈である。

⒋薩婆多論。

これは十誦律の注釈である。

⒌明了論。

これは正量部の律に依る。

これ以外に毘奈耶律、そして新訳の説一切有部の律などが中国に伝わっている。

 

 

第三項 四分律の弘伝

 

しかし、ただ四分律だけが中国と縁が深かった。

昔、智首律師以前は様々な律が学ばれていただけで、実際に行われてはいなかった。

智首律師が『五部区分鈔』を書き、南山律師も研究を深め、四分律で戒を受けてからは、専ら四分律が実践された。

それ以来、日本まで曇無徳部の律だけが行われた。

そのため、ここでは四分律の起こりを述べ、伝来の様子を明らかにしたい。

 

 

第三節 四分律の起源と伝来

 

問い。四分律宗はいつ成立したか。

答え。仏教は根本分裂以前は一つであった。釈尊在世の折りは、人々の問題に合わせて教えを説かれた。釈尊入滅から百年して律蔵が編纂された。それからしばらくして、曇無徳羅漢の見解によって編纂されたのが、この部派の起源である。

 

問い。中国、日本にはいつ伝わったか。

答え。三国の曹氏の魏の時代、法時尊者(ダルマカーラ)が初めて戒を授け、五胡十六国の姚氏の秦の時代に覚明三蔵が初めて広律を伝えた。これが中国へ戒が伝わった初めである。

 

日本においては、昔天平年間に栄叡、普照の二師が唐へ赴き、大明寺の鑑真大和尚を招請した。これに応えて日本に来られたが、その道程は困難なものであった。しかし、それにも関わらず十二年間海難に耐え、嵐に阻まれること六回、志は絶えず、六度目に遂に日本に来られた。

日本では、東大寺に招かれ、聖武天皇、王子、百官みな歓喜して毘盧遮那殿前に壇を作り、戒を授かった。天皇、皇后、その他四百人あまりが受戒した。

後に、壇を大仏殿の西に移し、戒壇院を建立。以来、毎年受戒が行われ、現在まで絶えることが無い。日本国中に戒律の教えは広く行われ、学ばない人はいない。また、唐招提寺を建て、戒律を広め、現在まで続いている。戒律の教えが日本に伝わったのは、ひとえに鑑真大和尚の力である。

 

 

第四節 律宗の相承

 

問い。律宗では何人の祖師がいるのか。

答え。釈尊の弟子である迦葉尊者から中国宋朝の近来に至るまで、その数ははなはだ多い。

よく言われるように、佛陀は教主であり、言葉で尽くすことができない理法そのものであった。

以後は、迦葉尊者・阿難尊者・末田地尊者・商那和須尊者・優婆麴多尊者・曇無徳(法正尊者とも訳す)・曇摩迦羅(法時尊者とも訳す)・法聡律師・道覆律師・慧光律師・道雲律師・道洪律師・智首律師・南山律師・周秀律師・道恒律師・省躬律師・慧正律師・法宝律師・元表律師・守言律師・無外律師・法栄律師・処恒律師・択悟律師・允堪律師・択其律師・元照律師と伝えられた。

もし、四分律の始まりから数えるならば、法正尊者から南山律師に至るまで九祖となる。南山律師以後は同じである。

 

日本の伝統を見るならば、南山律師・弘景律師・鑑真大僧正・法進大僧都・如宝少僧都・豊安僧正、と伝わっている。

 

 

第五節 律宗の分流

第一項 律の三宗

 

問い。四分律宗には分派があるか。

答え。中国にはある。相部の法礪律師、終南山の道宣律師、西大原寺の東塔の懐素律師はそれぞれ異なる見解を立てて争った。これを律の三宗という。

 

鑑真和尚は相部の文献と南山の文献を共に日本へ伝え、各寺院では中国の三宗が学ばれた。しかし、後代になると南山だけが残り、他は行われなくなった。

理由を考えてみると、南山の宗義は律の内容と実行が一致しており、律の条文が完備し、大小乗どちらにも通じる内容で、理論と実行が一致しているからであろう。

古今の高僧はみな競って賛嘆し、諸宗の学僧はみな学んでいる。たとえば『行事鈔』などは七十三家で注釈が作られている。地域を問わず受け入れられ、尊崇されていることは道宣律師の他にないのではないか。賢聖が賛嘆する人とはこのような人であろう。

 

 

第二項 三要疏と六家の章疏

 

四分律宗の概略をのべると、四分律蔵が翻訳されて以来、注釈を書いた諸師は二十家にもなる。しかし、そのうち重要なものは三疏に過ぎない。

1.慧光律師『略疏』四巻

2.相部・法礪律師『中疏』十巻

3.智首律師『広疏』二十巻

これを三要疏という。

中国の三宗の見解も、多くはこの三要疏に依っている。

また、相部の法礪律師『大疏』には崇岳律師が注釈を書いている。『飾宗義記』十巻がそれである。

智首律師『大疏』は弟子の南山と同じ見解である。

東塔の懐素律師『四分開宗記』十巻も世間に広まっている。

これらは律宗の美を尽くしたものとされ、また指南書として用いられ、中国唐代の末期に洛陽で盛んであった。

また、玄惲律師『毘尼討要』三巻は他家とは少し異なり、『大疏』『四分開宗記』もそうであるが、おおむね南山と同意見である。

これら六家の書籍が日本に伝わっているが、現在では主に南山一家の説を学び、併せて崇岳律師、懐素律師の説を学ぶ。

三宗の説の違いについては煩瑣になるのでここでは触れない。

 

 

第三項 道宣の著作

 

南山律師の注釈書のうち、主なものを五大部という。

1.『行事鈔』三巻

分冊して十二巻となっている。

2.『戒疏』四巻

分冊して八巻となっている。

3.『業疏』四巻

分冊して八巻となっている。

4.『拾毘尼義鈔』三巻

三巻のうち下巻が散逸しており、上中巻のみ現存。今は四巻に分冊している。

5.『比丘尼鈔』三巻

分冊して六巻となっている。

 

このように、戒本から羯磨(業)に至るまでみな注釈を作り、さらには律についての小編や他の著作は数多く、一々挙げることはできない。

けれども、その依って立つところは『四分律』六十巻であり、その注釈としては『善見論』がある。

 

 

第六節 止持と作持

 

問い。律宗はどのような教えを明らかにするのか。

答え。律宗は戒を明らかにする。

それには二種ある。

1. 止持戒。

五篇に分けることができ、様々な悪を防ぐもの。

2. 作持戒。

説戒(懺悔)など、様々な善を行うもの。

 

釈尊が説かれた一切の戒は、この二種類に分けることができる。

したがって、『四分律』正宗分の大意はこの止・作の二つの持戒につくされる。

また、『四分律』の初めの二部の戒本は止持であり、後の二十章は作持である。

二部の戒本とは僧戒と尼戒である。

比丘(男性僧)、比丘尼(女性僧)のための戒を具足戒という。

 

 

第七節 止持戒

第一項 比丘の具足戒

 

戒本に説かれる二部の戒の内、まず僧戒について説明する。

僧には二百五十戒あり、八段に分かれている。

 

⒈波羅夷(教団追放)

これには四戒あり、淫行、窃盗、殺人、悟ったと偽証すること、である。

 

⒉僧残(教団内には残るが重罪)

これは十三戒ある。

⑴故出精戒(故意に精を出す)

⑵触女人戒(女性に触れる)

⑶麤語戒(猥談をする)

⑷嘆身索供養戒(性交が供養になるなどと言う)

⑸媒嫁戒(結婚の仲介をする)

⑹有主房戒(住居の寄進を受ける時、許可を得ない)

⑺有主房戒(自ら住居を作るとき、9,2坪以上の広さにする、または許可を得ない)

⑻無根謗戒(他人を無実の罪に陥れる)

⑼仮根謗戒(紛らわしい行為を拡大して他人を罪に陥れる)

⑽破僧違諫戒(教団の分裂を目的に無理な提案をする)

⑾助破僧違諫戒(⑽の提案者に同調する)

⑿汚家濱謗違諫戒(罰則に従わない)

⒀悪性拒僧違諫戒(出家前の身分によって人を差別する)

 

⒊二不定(内容によって罪の重さが変化する)

⑴屏処不定(密室で女性と二人でいる)

⑵露処不定(開けた場所で女性と二人でいる)

 

⒋尼薩耆波逸堤(財産の所有について)

これには三十戒ある。

長衣(衣の所有の規定)、離衣(衣から離れない)、長鉢(鉢の所有の規定)、乞鉢(鉢の新調の規定)などである。

 

⒌波逸提(行為に関する規定)

これには九十ある。主なものは以下の通り。

1小妄語(嘘をつく)

2両舌語(人の悪口を言って仲違いさせる)

3掘地(地面を掘る)

4壊生(植物を傷つける)

5飲酒(酒を飲む)

6非時食(正午以降に食事する)

 

⒍四提舎尼(食事に関する規定)

主なものは以下の通り。

1蘭若受食(在家者に修行所へ食事を運ばせる)

2学家受食(篤信者の家へ食を乞う)

 

⒎百衆学戒(行儀作法に関する規定)

主なものは以下の通り。

1斉整著衣(衣をきちんと着なくてはならない)

2戯笑(笑いながら人の家に入ってはいけない)

3跳行(飛び跳ねて歩いてはいけない)

 

⒏七滅諍(争いを解決する方法)

主なものは以下の通り。

1現前毘尼(関係者を集めて法廷を開く方法)

2憶念毘尼(記憶をたどって事実を明らかにする方法)

 

この八段に全部で二百五十戒が含まれている。

 

 

第二項 罪の分類、五篇と六聚・七聚

 

以上の八段をまとめて五篇に分類している。

⒈波羅夷

⒉僧残

この二つは前と同じ。

⒊波逸提

前の尼薩耆波逸堤と波逸提を合わせたもので、百二十戒が含まれる。

⒋提舎尼

前と同じ

⒌突吉羅(悪い行為。心で悔いれば良い)

二不定と百衆学戒と七滅諍を合わせて一篇とする。合わせて百九戒。

これは行為の結果と罪、そして重要な事について五篇に分けている。

(今ひとつ意味が取れません。重要性で分けたという意味?)

 

その他の罪については六聚を立てて分類している。

⒈波羅夷

⒉僧残

⒊偸蘭遮

⒋波逸提

⒌提舎尼

⒍突吉羅

これを六聚という。

もし突吉羅を分けると七聚となる。前の五は同じで⒍悪作⒎悪説である。

七聚のうち、波羅夷、僧残、堕罪、提舎尼に含まれる罪は篇門と同じである。

偸蘭遮には五篇以外のもの、七聚の突吉羅以外の一切の軽重様々な罪を含む。

悪作、悪説は五篇以外で六聚の突吉羅に含まれない一切の軽重の罪を含む。

したがって、七聚以外に罪は存在しない。

六聚七聚で全ての罪を網羅するからである。

 

 

第三項 比丘尼の具足戒

 

次に尼戒を明らかにするならば、律で説くところには三百四十一戒あり、整理して六段に分ける。

⒈八波羅夷

⒉十七僧残

⒊三十捨堕

⒋一百七十八単提

⒌八提舎尼

⒍百衆学

である。尼には二不定は無い。

ところで、 七滅諍は古来議論の分かれるところで、有るという意見と無いという意見がある。

現在の南山律師の説は、必ず無くてはならないというものである。

これは『四分律』の文章では省略されているので、本来なら七段になる。

したがって、七滅諍を加えて、全部で三百四十八戒ある。

これもまた、五篇に分けられるが、比丘戒に準じている。

この比丘戒と比丘尼戒を二部の広律という。

『四分律』前半で説かれる内容はこのようなもので、止持戒である。

 

 

第八節 作持戒

第一項 二十犍度

 

次に、作持門の犍度(章の意味)の法とは、『四分律』後半部分の二十犍度の事である。

1.受戒犍度(教団成立の経緯、出家の規定)

2.説戒犍度(布薩の規定)

3.安居犍度(雨期の安居の規定)

4.自恣犍度(懺悔の規定)

5.皮革犍度(皮革を使用してよい場合の規定)

6.衣犍度(衣の規定)

7.薬犍度(食事の規定)

8.迦絺那衣犍度(報賞、代用の衣の規定)

9.狗腅弥犍度(教団の統制について)

10.瞻波犍度(決議に不服な場合の規定)

11.呵責犍度(会議での決議の規定)

12.人犍度(僧残の罰則の規定)

13.覆蔵犍度(罪を隠した場合の罰則の規定)

14.遮犍度(布薩や安居参加停止の規定)

15.破僧犍度(教団分裂について)

16.滅諍犍度(裁判の規定)

17.尼犍度(比丘尼教団の規定)

18.法犍度(礼儀作法の規定)

19.房舎犍度(住処の規定)

20.雑犍度(生活用品の規定)

である。これを二十犍度という。これらは皆作持戒である。

 

 

第二項 止持と作持の互通

 

戒本の止持戒と二十犍度の作持戒は全く別なものではない。

止持にも作があり、作持にも止があって、共通したところがあるが、おおむねの意味で前後で分けている。

これを南山律師の五大部で見ると、『行事鈔』『戒疏』『業疏』を三大部という。

『戒疏』は止持戒のありよう、悪を防ぎ戒を持する事に詳しい。

『業疏』は作持戒の修行、教団運営の事に詳しい。

『行事鈔』は止持戒と作持戒の双方に触れており、衆(四人以上)、自(一人)、共(二、三人)の場合にそれぞれどのようにおこなえばよいかが書かれている。

『比丘尼鈔』は止持戒と作持戒の双方に触れており、『比丘尼義鈔』はおおむね止持戒について書かれている。

以上のように、南山律師の五大部はすべて止持戒と作持戒の二持の解説である。

 

この二持の戒にも総と別がある。

総論として言えば、一切の善は二持に含まれる。

個別の事として言えば、律宗についての内容である。

今、取り上げた二持は個別の律宗についての話であるが、総論の意味も含まれていないわけではない。

 

 

第九節 七衆の建立

第一項 戒の広略

 

問い。僧尼の具える戒はこれで全てか?

答え。そうではない。僧尼の具える戒には数限りが無い。

仮に数を挙げているのは、問題が起るたびに戒が制定されたという由来による。

僧尼の戒にはそれぞれ三重ある。

 

僧戒の三というのは

広・無量

中・三千の威儀、六万の細行

略・二百五十戒

である。

 

尼戒に三重あるというのは

広・無量

中・八万の威儀、十二万の細行

略・三百四十戒

である。

経典に五百戒と説かれているが、これは名称だけあって、実体はない。

 

大智律師の説には「対象になるものから考えるなら、戒の数は無限になる。仮に二百五十を挙げて綱領としているのだ」とある。尼戒も同じ事である。

したがって、僧尼の二衆が具足戒を受ける時、同時にこのような無量無辺の戒を受ける。

その量は虚空に等しく、対象は法界に遍く広がり、足りないところは無い。

だから、具足戒という。

 

五戒、八戒、十戒、六法等は、みな具足戒から抜き出したものであり、順に能力を導いてゆくための方便である。

漸く進んで、最後には具足戒の最高の状態をもたらすのである。

そこで、全体として戒を見ると四位あり、五戒、八戒、十戒、具足戒である。

もしも、六法を加えると、全部で五類となる。

これを行うのが仏法の七衆である。

 

 

第二項 七衆と戒

 

七衆とは

1.比丘

2.比丘尼

この二衆はどちらも具足戒である。

3.式叉摩那(比丘尼になる前の女性)

これは六法を受ける。

4.沙弥(少年僧)

5.沙弥尼(少女僧)

これはどちらも十戒である。

6.優婆塞(在家男性)

7.優婆夷(在家女性)

これはどちらも五戒である。

 

前の五衆は出家衆、後の二は在家衆である。

式叉摩那と沙弥と沙弥尼の戒は数は十戒等であるが、実際の生活は具足戒と同じである。

 

八斎戒というのは、在家衆のために出家の戒を授けるものである。

けれども、形としては在家であって優婆塞、優婆夷の名称は変わらない。

七衆の他に別にある訳でないから。

 

 

第三項 五・八・十・具

 

五戒とは

1.不殺生戒

2.不偸盗戒

3.不邪淫戒

4.不妄語戒

5.不飲酒戒

である。

 

八斎戒とは、前の五は五戒と同じ。ただし、邪淫を改めて不淫とする。

6.香油塗身戒(化粧をしない)

7.歌舞観聴戒(歌や踊りを見に行かない)

8.高広大床戒(ベッドで寝ない)

9.非時食戒(正午以降食事しない)

である。

『薩婆多論』によると「八斎戒の八番目までは戒だが、九番目は斎になる。したがって、八斎戒だけれども、数は九ある。」

十戒というのは、前の九は八斎戒と同じ、第十は捉金銀宝戒(お金に触れる)である。

六法というのは

1.殺畜生

2.盗三銭

3.摩触(男性に触れる)

4.小妄語

5.飲酒

6.非時食

である。

 

以上の七衆のうち、男衆は三つで、比丘、沙弥、優婆塞である。

女衆はそれ以外の四衆である。

 

 

第十節 律宗の教判

第一項 化制の二教判

 

問い。律宗は様々な教えをどのように分類しているのか。

答え。南山律師は化教と制教の二つを設けて釈尊の教えを分類した。

また、制教は行教とも言う。

その化教とは、経蔵と論蔵で『四阿含』などである。

もうひとつの制教とは、律蔵で『四分律』などである。

この律宗は律蔵教であるので、戒がその教えである。

戒行が清浄であれば、定(禅定、瞑想)、慧(智慧)は自然に定まる。

したがって、まずは戒を持って悪行を防ぎ、その後で定慧によって煩悩を断つのである。

道のために戒が制定されたのであって、元々世間の利益のためではない。

すべての仏道は戒が無ければ立たず。

そのため、釈尊は最初に戒を制定された、その本意はここにある。

(以上は南山律師の解釈である。)

 

 

第二項 持戒の果報

 

問い。世間でよく言われるように、五戒と八戒は人間界、天界に産まれる功徳があり、十戒、具足戒は小乗の悟りを得られる、という事は本当か。

答え。これは、必ずしもそうとは限らない。

もし、五戒、八戒を護り、その原因通りの結果としては人間界、天界に産まれるし、 十戒、具足戒を護り、その原因通りの結果としては小乗の悟りを得られる。

したがって、 世間ではそう言われるのである。

しかし、人の意志によってはそうはならない。

そのため、大智律師の説には

「戒には四位あり、五戒、八戒、十戒、具足戒である。

もし、鈍根の者が行うならば、すべて世俗の良い結果が得られる。

けれども、上智の者が行うならば、すべて悟りへの道となると。」

したがって、知るべきである、戒法は受ける人によって異なっていると。

これは、律宗の説くところ、南山律師の説である。

 

 

第三項 四分は義当大乗

 

問い。四分律宗は大乗、小乗のいずれか。

答え。諸説があり、一致していない。

 

・慧光律師の説

四分律宗は大乗である。

・法礪、玄惲師等の説

四分律宗は小乗である。

 

・南山律師の説

四分律宗は小乗であるが、その義は大乗である。

 

今は最後の説に依っている。

それで、『業疏』では大乗に通じる理由を五つあげている。

 

1.沓婆の廻心

利他行を重視する説話の存在。

 

2.施生成仏「一切衆生に施し、皆共に仏道を成ぜん」

個人の悟りより、衆生救済を重視する見方。

 

3.識が対象を認識する

大乗仏教特有の説である。

 

4.仏弟子を「仏子」と呼ぶ。

小乗では「比丘」が一般的。

 

5.不法な物を所持した場合、それを捨てる意志を重視して罪を軽く見る。

大乗は形より意志を重視。

 

以上の点は他部派の律より優れており、その意義には深いものがある。

 

 

第四項 戒の四科と戒体

 

今までに挙げたような諸戒を通じて、全て四科がある。

 

1.戒法

戒、つまり釈尊が制定された法はあらゆる状況に通じるため。

 

2.戒体

戒によって起こす心が受者の心府に収まるため。

現在、四分律宗は『成実論』にしたがい、戒体は色でも心でもないとしている。

 

3.戒行

戒は受者に従い、その行動に現れるものであるから。

 

4.戒相

戒の美徳が外に現れ、人の規範となるから。

 

一切の戒にはこの四点を備えている。

 

 

第五項 三教判と律宗の行果

 

問い。律宗の立てる所、また祖師道宣の考えは、大小乗のどちらの修行・成果を基本としているのか。

答え。四分律の依るところは、本来小乗である。小乗の部派が使用している律だから。しかも、その意義は大乗である。機根を大乗へ導いてゆくから。

本来小乗であるから、小乗のもので含まないものはなく、大乗に通じているから、大乗の行果も得ることができる。これが、四分律宗の説である。

 

ところで、南山律祖道宣の説によれば、釈尊が説かれた教えは三つに分けることができる。

 

1.性空教

小乗はここに含まれる。

 

2.相空教

大乗のうち、浅い教えが含まれる。

 

3.唯識円教

大乗のうち、深い教えが含まれる。

 

四分律宗は性空教の一部であり、唯識円教が祖師の心である。

戒定恵の三学は円融しており、円教に通じるにも差しさわりが無い。

『業疏』によれば、諸宗での戒体を説明するのに三宗を立て、有宗と空宗は共に性空宗であり、円教は唯識教であるとする。道宣は律宗は円教であると見ているので、形としては小乗の性空教だが、心は大乗の唯識円教だというのである。

 

 

第十一節 三聚浄戒

第一項 円融の三学

 

大小乗はそれぞれ三学を立てている。ここでは大乗円行の三学(戒定慧)を説明する。

戒護、これは三聚浄戒である。これを護ることにより、蔵識(アラヤ識、深層心理)の種子として戒体となる。

定恵とは、唯識の妙行であり、止観(冥想の事。止=奢摩他、サマタ、定。観=毘鉢舎那、ビバシャナ、慧。)を共に行うことを実践とする。

戒が即ち定慧であるので、どの戒でもそれが定慧につながらないものはなく、定慧が即ち戒であるので、どのような止観でも戒でないものはない。これを円融三学の行相という。

 

 

第二項 三聚浄戒の互摂

 

この三学のうち、戒とは先程述べたとおり三聚浄戒である。

1.摂律儀戒

一切の悪をみな断ちきる。

2.摂善法戒

一切の善をすべて行う。

3.摂衆生戒

一切衆生のために利益を施す。

 

この三聚浄戒は円融の行のために、互いに内容を含んでいる。

例えば、不殺生戒は三聚浄戒の要素を全て持っている。

さらに、一切の戒はみなそうである。

一戒を持つと三聚浄戒は全て含まれる。

さらに、一行を行う事もあらゆる行をその中に含む。

したがって、一念と言っても、一瞬で三祇(永遠のような時間)を越える。

三祇を壊す事無く一念を立て、また一念を失うことなく三祇を経る。

永遠と一瞬にも隔てが無く、衆生と仏も等しく、あらゆる法は互いに遍満しており、関連しあっている。何と深妙なことか。

 

 

第三項 律儀戒の三戒

 

三聚浄戒のうち、摂善法戒と摂衆生戒はここでは略して論じない。

摂律儀戒に、また三種ある。

 

1.別解脱戒

2.定共戒

3.道共戒

 

この別解脱戒に三業が含まれており、身体や言葉や意識に保つ戒である。

このうち、身体、言葉の戒には大小乗共有のものと、そうではないものがあり、意識の戒は大乗だけのものである。

したがって、小乗戒は身体・言葉の一部、共有部分のみである。

『四分律』に説かれる戒相はこの部分である。

ただし、『四分律』は部分的に意識の戒にも通じている。

(このような訳で、小乗戒に分類されている。)

 

今、大乗はこの共有部分の戒を三聚浄戒のうちに含め、大乗の一部としているので、小乗律の説く戒は大乗の戒であり、別にあるわけではなく、純一円極である。

大乗でも七衆の規則はまったく小乗と異ならない。

大乗戒の中に規則としての戒を立てるからである。

これが南山大師の教えの観方、そしてそれを学び、行うものの心である。

 

 

第四項 通受と別受

 

ところで、この三聚浄戒を受けるのに通受と別受がある。

三聚をすべて受ける事を通受と言い、摂律儀戒のみを受けることを別受という。

祖師が立てられた白四羯磨、円意の戒法は別受にあたる。

その後、菩薩戒を受けると通受になる。

 

したがって、現在律宗を学ぶものは通受と別受をすべて壇場におさめ、『四分律』と大乗の『梵網経』の律を共に護っている。

通受と別受の名称は法相宗から出ており、その意義は南山律師による。

五篇七聚の制は声門の叢から起こり、その行は大乗の園に行きわたる。

明らかなるかな瑜伽(ヨガ、禅定)大論の誠の説は。

南山高祖の判断、行者の心はまさにここにある。

 

大いなる覚りの妙果はどうして遥か彼方であろうか。